2014年8月21日木曜日

規制緩和が裏目に

ECBのトリシエ総裁は「過剰流動性が中期的なリスクになる」と警鐘を鳴らし続けたが、デフレ懸念の前に中央銀行は米住宅価格の上昇という副作用に目をつぶらざるを得なかった。グリーンスパン氏が過ちの可能性を予見した○二年以降、米住宅価格は約四割上昇した。同氏によると、金融危機の震源となった米国のサブプライムローンの貸出残高は、○二年から○五年にかけて約三倍に膨らんだ。○七年のバブル崩壊後、米住宅価格は○五年後半の水準まで戻したにすぎない。グリーンスパン氏からバトンを受け取ったバーナンキFRB議長は自説の証明に取り組むかのように、米国として史上初のゼロ金利政策に踏み切り、住宅ローン担保証券(MBS)のほか、自動車ローンなどから組成した資産担保証券(ABS)をFRBが直接買い入れて、市場に流動性を供給する方針を打ち出した。

それでも住宅価格に底入れの兆しは見えず、ローン返済が困難になった借り手の自宅差し押さえで、中古住宅の在庫の積み上がりが目立つ。信用収縮の猛威は米経済を根底から揺さぶり続けている。グリーンスパン氏が○二年に比較考量したデフレとバブル。どちらの代償が大きかったのかはまだ定かではない。「金融機関の取締役会だけでなく、規制当局、議会、弁護士、機関投資家みんなが間違えた結果です」(ウィリアムードナルドソン氏)「(経営から)独立した会長職、取締役を推薦できる株主権が必要だった。簿外会社の連結算入を義務づけるように米財務会計基準審議会(FASB)にお願いしていたのだが」(リチャードーブリーデン氏)

登記コストが安く米国中の企業が登記することで知られる会社法の町、米東海岸デラウェア州ウィルミントン市。投資家団体の国際企業統治ネットワーク(ICGN)が二〇〇八年十二月に開催したセミナーで、二人の米証券取引委員会(SEC)元委員長が、金融危機を防ぎきれなかった米政府の不手際を嘆いた。なかでもドナルドソン元委員長は、金融派生商品(デリバティブ)など急速に発達した新しい金融商品に「米政府が対応しきれなかった」と述べ、ブッシュ政権が耳推進してきた規制緩和路線の弊害を強調した。

公的資金を受け入れた保険大手アメリカンーインターナショナルーグループ(AIG)、銀行大手シティグループ、破綻した証券大手リーマンーブラザーズ、身売りを迫られた同メリルリンチにベアー・スターンズ。経営危機に陥った原因で共通するのが、証券化商品や企業などの信用リスクを売買するクレジット・デフォルトースワップ(CDS)など新しい金融商品の在庫を過重に抱えたことだ。

こうした新しい商品はSECや米先物取引委員会(CFTC)の管轄外。新商品の開発が続いた一方で、グラス・スティーガル法の撤廃など一九九〇年代から続いた規制緩和が追い風となり、銀行は証券の引き受け販売が、証券会社はローンが容易になった。長期間にわたる低金利に加えて金融機関がリスクを取りやすくなったのは規制緩和の恩恵とも言える。企業の資金調達コストが下がり、融資を受けにくかった個人も住宅取得が可能になった。AIGが巨額損失を出す原因となった保証業務は、AIGの高格付けを利用して、証券化商品の元利払いを投資家に約束するビジネス。CDSを用い、保証残高は四千億ドルを超えていたが、六十兆ドル規模とされるCDSを担当する省庁はない。