2014年7月10日木曜日

要するに母は七〇代の家政婦さんに嫉妬しているのである。

母親は、見舞いにくる父親に対して、夜中にあんたの旦那さんは若い女とのんきに暮らしているといいにくる人がいる、といったという。正月に、家政婦さんが休むのに合わせて父親だけが有料老人ホームのショート・ステイを利用したあとは、父親に当たる度合いがことにひどかったようだ。

私たちの海外旅行の間、二人でこのホームを利用したことがあって、スタッフの若い女性がいろいろ世話を焼いてくれるのを知っていたからである。

若い女とのんきに暮らしている、といっても、要するに七〇代の家政婦さんに嫉妬しているのである。ストレートに牽制するのはさすがに気が引けるから、嘘を使ってイヤ味をいうのだが、入院見舞いならさっさと逃げ帰る手もある。一時帰宅してねちっこくやられたらたまらない、と父親は思ったらしい。

母親は、入院する直前、夜中に布団の中で大便をした。さすがに自分でも体裁が悪いと思ったのか、私たちには知らせずに後始末をするよう父親に迫った。

そのときに最初の脳出血があったと思われるのだが、翌朝になって家政婦さんが事実を知り、たまたま私か仕事にいっていた名古屋に家内から連絡があった。仕事を済ませて深夜に帰宅し、その翌日に入院させて発病がわかったのである。

病気だったのだから、大便の始末もやむをえない。いくら我がままな母親でも、亭主がそうなれば黙って始末しただろう。それなら父親も、七〇年連れ添った女房のために、こんなことの一回や二回、黙々とすればいい。それが老夫婦の暮らしというものだろう。

ところが父親には、なんて大便の始末を自分がしなければならないのか、こんなことが繰り返されてはたまらない、という感覚が根強くあった。現に家政婦さんに、繰り返しこうボヤいたそうだ。

くだらない邪推に基づいて母親に絡まれてはかなわない、という気もあったに違いないが、この点が母親の一時帰宅に抵抗した最大の理由だろう。妹たちもそこはわかっていたはずなのに、あくまできれいごとですませようとしたわけだ。